高山 智美先生(看5期 琉球大学大学院)平成28年度 同窓会総会・講演会 講演抄録

update: 2016.08.17

「出産の豊かさを考える‐日本とラオスの比較から」

琉球大学大学院国際地域保健学教室博士後期課程 高山 智美


 学生時代の気まぐれな経験であっても、その後の人生に少なからぬ影響を与えることになるようです。看護学科4年生の夏休みに、変わった経験をしてみようとカンボジアの農村にいる伝統的産婆に会いに行ったことがありました。電気もガスもなく、水は村はずれの溜池から汲んで使っているような環境でしたが、活き活きと村の女性と子どもたちの健康を守っている産婆との出会いは、クリーンでシステム化された病院実習の真っただ中だった私には驚きと、ある種の癒しのようにも感じました。とはいえ、これは学生時代のちょっとした冒険譚にすぎないと思っていました。そして、蛇口をひねれば清潔な水が出る・・・、いや、それすら信用せずに徹底して消毒をするような環境で、私は助産師として働きだしました。
 それから16年の月日が流れ(その途上で結婚して3人の男子を産み育て)、いま私は、琉球大学の大学院生として「ラオスにおける女性の出産経験の自己評価」についての研究に取り組んでいます。急速な近代化のなかで東南アジアの女性たちの出産の場も、伝統的産婆による、もしくは家族の介助による自宅分娩から医療者の介助する施設での分娩へと変化してきています。どのような近代化にも、良い面の裏側で、変化に対応できずに「取り残される何か」があるものです。文化的もしくは心理的な文脈でとらえようとすることで浮かび上がってくるでしょう。出産の場の変化においても、女性のメンタルヘルス、児との愛着関係などへの影響があるはずです。私は、その変化の只中にあるラオス女性たちの気持ちに寄り添うことで、私たち女性にとって「幸せな出産」とは何か、近代社会にとって「豊かな出産」を実現するためには何をすべきか、解き明かしてみたいと考えています。
 ただ、そんな大げさな研究目的も、実のところ後付けの理由にすぎません。私が研究に取り組んでいるのは、結局のところ、16年前に私を勇気づけてくれたカンボジアの伝統的産婆の生き生きとした活躍と母子の穏やかな笑顔について、いまの私の言葉で、つまり科学的根拠をもって記しておきたい、と思うからなのかもしれません。